桑のチカラ 第6回 ~万能「素材」の桑~

今回は前回までの「食品」「薬効」など、人々を内的に支える万能な桑のチカラではなく、「養蚕」「製紙」「木材」など、外的に人々の生活を支えている万能な「素材」としての桑のチカラを紹介します。

1.皇室に伝わる「養蚕」の儀

…桑の葉を利用する代表的な技術である養蚕が、日本人の生活を長い間支えていた。しかし現代では化学繊維の発達などによりほとんど作られることがなくなってしまった…というのは『桑のチカラ第1回・第2回』で詳しく紹介しましたが、そんな養蚕に関するある儀式がつい最近行われました。それが「御養蚕(ごようさんはじめのぎ)」です。
皇室と養蚕のつながりは「日本書紀」に記されるほど古くから存在しており、明治時代に殖産興業の奨励を目的として、明治天皇の皇后である昭憲皇太后によって宮中での養蚕(皇后御親蚕)が復活、その後代々皇后に継承されてきました。「御養蚕始の儀」はそんな皇后御親蚕の始まりにあたる儀式であり、今年の桑の豊作を祈る儀式なのです。

御養蚕始の儀4月の終わりか5月初めに執り行われる。豊作を祈る神事の後、皇后が孵化したばかりの
蟻蚕(ぎさん)を蚕座(さんざ)という蚕を育てる道具の上に羽箒で掃き下ろす
掃立て」を行い、小さく刻んだ桑の葉を与える。
御給桑
(ごきゅうそう)
御養蚕始の儀の1週間から10日後に行われ、皇后自らが蚕に桑の葉を与える。それから10日後に2回目が行われる。
上蔟
(じょうぞく)
蚕が繭をつくる段階になると行われる、種類に適した蔟(まぶし)という蚕が繭を作る用具に移す作業。
初繭掻
(はつまゆかき)
上蔟から1週間後から10日後に行われる収繭の作業。収繭された繭はその後、
蚕糸科学研究所に出荷しされ生糸になる。その生糸で織られた絹製品は、宮中儀式や
祭祀に用いられたり、外国元首への贈物や皇室の儀典用衣裳等にも用立てられたりする。
御養蚕納の儀
(ごようさんおさめのぎ)
初夏に収穫した生糸を神前に供え、神恩に感謝する儀式。収穫された白糸の他に
黄糸の束、真綿などが供えられる。
皇后御親蚕の定例行事

2023年の5月8日に現皇后さまは「御養蚕始の儀」に臨まれ、ご家族と共に蚕に桑を与えられました。人々に身近な植物でありながら、皇家の重要な儀式にも利用される、桑の価値を改めて実感させられますね。

2.製紙法の起源より古い?桑の「製紙」

あまり知られてはいませんが、桑は和紙の原料にもなります。日本で主に作られているのは桑枝を利用した桑枝紙であり、飛鳥・奈良時代からの歴史があるそれは、主な和紙の原料である(こうぞ)(実は桑の仲間!)やミツマタ、雁皮などと比較しても和紙の原料として向いていると最近再評価されています。複雑な工程はなく、材料と道具さえあればご家庭でも桑枝の和紙を作ることができます。

一方で中国のウイグル自治区では「桑皮紙」と呼ばれる桑の製紙工程がおよそ1000年以上にわたって受け継がれてきたそうです。桑皮紙の起源は紀元前まで遡り、蔡倫が製紙法を改良した後漢時代(あの「神農本草経」が書かれたと言われる時代)よりも300年以上も早いとされています。丈夫で色褪せにくく、防虫効果も高いため、書画などの保存に適している反面、日本の桑枝和紙と違い非常に複雑な工程をすべて手作業で行っているそうです。

桑枝も桑皮(桑白皮)も、薬効として優秀なのにも関わらず和紙という形でも人々を支えていると考えると、桑の万能性がもはや恐ろしく感じますね。

3.実は最高級素材!桑の「木材」

桑は木であるので当たり前ですが木材にも利用されます。実際、養蚕技術が伝来する前の日本では木材としての利用があったと以前お話しましたが、やはり桑の木材はメジャーではありません。しかし、私たちにあまり知られていないのは桑が「木材には向いていないから」ではなく「木材としてはとても貴重だから」だということをご存じでしょうか。

桑の木材を使った碁笥

十数メートルを超える桑の木は銘木(希少な木材)であり、特に「島桑」と呼ばれる伊豆七島などでしか採れない桑は貴重な材とされています。さらに木材としては耐久性があるため、実用性もある一方加工には高い技術が必要とされ、桑で作られた指物(箪笥など)は最高級の品であるそうです。 小さな桑は至る所に生えておりお手頃、大きな桑は限られた場所にしか生えず価値がある。「ありふれていて珍しい」「安くて高い」普通なら矛盾する2つの事象を兼ね備えた植物なんて桑の他に存在するのでしょうか。

4.まとめ

「養蚕」に必要な素材として長きにわたって日本人の生活を支えていた桑は、現代でも養蚕の豊作のため代々皇后に伝わる「皇后御親蚕」の儀式が行われていることが分かりました。また「食品」「薬効」としての利用法の他に、桑枝や桑皮を原料にした長い年月の保存に適することで評価の高い和紙に加工されたり、十数メートル以上に成長した桑は耐久性、実用性、価値のすべてを備えた木材として重宝されたりと、様々な利用法をされていることが分かりました。

昔は「身近にあるから」、今は「あまり目にしないから」とその関わりの長さに反して注目されることのない桑ですが、「養蚕」「桑の葉茶」として庶民の生活を、「薬効」「和紙」として貴族の生活を支え続けた歴史があり、現代では「食品」という安価な面と「木材」という高価な面を併せ持ち、人々を支えたり生活を豊かにしたりすることができる万能な植物であるということを、この機会に是非覚えてください。

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